呉昭和高校 万葉の森
 
 呉昭和高校校門右手に広がる里山です。開校10年頃,『万葉集』に因んだ樹木・植物を植えました。その後,ベンチや東屋も整備して,教材林かつ憩いの場としたものです。
 毎年,学校・PTA・同窓会・IKKI会(PTAの同窓会)が協力して,下草を刈ったりして,森林管理に努めています。
 ホームページを御覧の皆様,移ろいゆく里山の四季と万葉の歌をお楽しみください。


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万葉の森だより 4月

万葉集(巻7ー1188)
 山越えて 遠津(とおつ)の浜の岩つつじ
 わが来るまでに (ふふ)みてあり待て

 

         

        


万葉の森だより 5・6月

うぐひすの 卵(かいご)の中に ほととぎす ひとり生まれて
己(な)が父に 似ては鳴かず 己(な)が母に 似ては鳴かず 
卯(う)の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かけ)り 来鳴き響(とよ)もし 
橘(たちばな)の 花を居散らし ひねもすに 鳴けど 聞きよし
賄(まい)はせむ 遠く な行きそ 我がやどの 花橘に 住みわたれ 鳥
 
  高橋虫麿 『万葉集』第9巻

【訳】 ※鶯の巣の中に,ほととぎすは,ひとり生まれて,おまえの父に似ては鳴かず,おまえの母に似ても鳴かない。卯の花の咲いている野辺を飛翔し,来て鳴き立てては橘の枝に止まって,花を散らす。おまえの鳴き声は,1日中でも聞きよい。贈り物をしよう。遠くに行くな。私の家の花橘に住み続けておくれ。ほととぎすよ。
※ほととぎすの托卵の習性を言う (『日本古典文学全集 萬葉集二』小学館にもとづく)

                 


              




万葉の森だより 7・8月

 万葉の森の木陰も,涼を取るというよりは,むしろひんやりとして,訪れる者に秋を知らせています。ふと目を上げると,葉裏に蝉の抜け殻が……。
 蝉の抜け殻を,古語では「うつせみ(空蝉)」と言います。もともとは「目に見えて存在する」「この世に生きている」の意味の「うつし(現し)」に「臣(おみ)」の結合した「うつしおみ」から「うつそみ」→「うつせみ」と変化した語で,「この世の人」というのが原義です。また、「世」「人」などを導く枕詞としても使われていました。ところが,万葉集に「空蝉」「虚蝉」と表記したことから,文字通り「蝉の抜け殻」の意味も持つようになったのです。(旺文社『全訳古語辞典』第二版に基づく)
 さて,今回紹介する短歌は,万葉集を編纂したと言われている大伴家持が,愛妻の死を悼んだ歌です。

 月移(かは)りて後、秋風を悲嘆(かなし)みて家持がよめる歌一首

うつせみの世は常なしと知るものを秋風寒み偲ひつるかも(465 巻三)

【訳】この世は,無常だと知ってはいるが,秋風が寒いので,妻を思い出してしまう

 ここでは,「うつせみ」は枕詞で「現実の」というニュアンスが本来でしょうが,「常なし」と言葉が続くことからも,「この世はかりそめ」という印象を強く抱かせます。

    




万葉の森だより 9・10月

万葉集  (巻11ー2480)
  路の辺の壱師の花のいちしろく 人皆知りぬわが恋妻を  柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)
万葉集  (巻8ー1598)
  さ男鹿の朝立つ野辺の秋萩に 珠と見るまで置ける白露  大伴家持(おおとものやかもち)
 





万葉の森だより 11・12月

万葉集  (巻2ー0239)
秋山に落つる黄葉 しましくは な散り乱ひそ 妹があたり見む  柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)





万葉の森だより 1・2・3月

万葉集  (巻5ー851)
わが宿に盛りに咲ける梅の花 散るべくなりぬ見む人もがも  大伴旅人(おおとものたびと)



万葉集  (巻2ー1166)
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見 すべき君がありと言はなくに  大伯皇女(おおくにのひめみこ)

 

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